[論壇] 一食を捧げよう

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一食を捧げよう
寄金を難民救済やユニセフへ

庭野日敬(世界宗教者平和会議日本委員長=投稿)

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世界宗教者平和会議(WCRP)が、八月下旬から九月上旬にかけて、アメリカのプリンストンとニューヨークで開催された。

思えば十年前、マハトマ・ガンジー生誕百年祭をきっかけに、アメリカ、インド、日本の宗教者の提唱によって発足したWCRPは、第一回世界会議を京都、第二回をルーベン(ベルギー)で開き、今回は三回目を迎えた。そして参加国は、社会主義圏を含め四十七カ国にのぼり、三百五十人の宗教者が一堂に会したのである。

宗教別にみると仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教など世界の十大宗教を網羅(もうら)した規模となった。とくに今回の会議には、世界人口の四分の一を占める中国から、初めて宗教代表団(仏教三人、キリスト教三人、イスラム教二人)が参加し、名実ともに国際的宗教会議になったことは、きわめて意義の深いものである。

会議の内容を、ここで詳しく述べる余裕はないが、焦点となったのは、
一、 人間の尊厳をそこなう人種差別の撤廃と人権の確立。
一、 先進国と開発途上国の経済格差を是正するための新経済秩序の推進。
一、 人類を破滅に導く核兵器の禁止。
一、 環境の汚染とエネルギーの枯渇に対する対策。
などの諸問題である。

会議のはじめに、参加者全員が国連を訪問し、ワルトハイム事務総長ら指導者たちと会談した。WCRPは、国連の非政府機関(NGO)に属し、経済社会理事会と諮問関係を持っていることから、従来もしばしば国連と密接な対話を続けてきたが、今回のように参加者全員が事務総長らと意見を交換する機会を得たことは、きわめて有意義なことであった。

席上、ワルトハイム事務総長は「現在の国連は各国政府の利害の対立によって、必ずしも本来の目的が発揮されているとはいい難い。それを打開するには、どうしても国連NGOの協力が必要である」と訴えるとともに、WCRPの活動、とくにインドシナ難民救済に対する努力を高く評価してくれていた。

私たちは、ワルトハイム事務総長らとの話し合いを通じて、WCRP平和活動の性格と方向を改めて確認するとともに、国連NGOとしての役割の重さを痛感させられたものである。

そうした役割にこたえるべく、今回の会議でも、具体的な平和活動のプロジェクトがいくつか提案されたが、その中で私がとくに国民の皆さんに広く訴えたいものがある。それは「一食(いちじき)を捧(ささ)げる運動」である。

これは、一日三回の食事の中で、月に三回一食を抜いて、その食費分の金を平和開発のために役立てようというものである。世界宗教者平和会議日本委員会では、すでに数年前から各教団の信徒に呼びかけ、この運動を実施してきている。この運動を通じて集まった寄金は、主として開発途上国への「平和開発基金」としてプールし、今までにインドシナ難民救済、国連児童基金(ユニセフ)などに投じてきた。

今回の会議で、この運動を日本が報告したところ、各国の参加者から大きな反響があり、WCRPの国際レベルでも、この「一食運動」を推進しようという声があがったのである。これまで宗教者を中心として進めてきたこの「一食運動」を、私はこの機会に、あえて一般社会の人びとにも呼びかけたいのである。

経済大国日本は、栄養過多の人びとであふれている。一方その同じ地球上の発展途上国の国々では、八億もの人びとが、飢えと貧困に苦しんでいるといわれるのである。宗教者に限らず、同じ人類の一人として、みなこの現実に目をつむるべきではないと思う。

「一食を捧げる」というのは、なにも食事に限ったものではない。月に一度でもよい、一杯のコーヒー、一片のパンを抜くことによって、飢えた人びとの痛みを多少とも知り、その気持ちを救援資金として「捧げ」てもらいたいのである。ひとりでも多くの人が、この「一食を捧げる運動」に参加して下さるよう、切に訴えるものである。

(昭和54年10月2日、『朝日新聞』朝刊)

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