「一食を捧げる運動」の歴史

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「一食を捧げる運動」のルーツは、江戸時代後期にまでさかのぼります。天保年間、未曽有の大飢饉が続いた際、禊教(みそぎきょう)の教祖・井上正鐵(いのうえまさかね・1790年-1849年)師が「我、一飯(いっぱん)を捧げて人々の飢えを救わん」と説き、救済に乗り出したことが始まりです。そして、現代、再び宗教者の手によってよみがえりました。


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1974年(昭和49年)、ベルギーのルーベンでWCRPⅡ(第2回世界宗教者平和会議)が開かれました。その宣言文に先進国の過剰な消費を戒め、少欲知足の生活を促す一文が盛り込まれました。これを受け、青森県に本部を置く松緑神道大和山が教団を挙げて「一食を捧げ、一欲を節しよう」の目的のもと「平和一食運動」を始めました。

立正佼成会もこの趣旨に賛同し、1975年(昭和50年)から「節食運動」として青年部員を中心に取り組んできました。79年(昭和54年)、アメリカ・プリンストンで行われた第3回世界宗教者平和会議(WCRPⅢ)では、国際レベルで「一食運動」に展開していくことが決議されました。同年10月、開祖さまは朝日新聞の『論壇』で「一食運動の国民運動化」を提言されました。翌年、名称を「一食を捧げる運動」に変更し、今に至っています。

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現在は、毎月1日、15日を実践日と定め、同運動を実践しています。また、必要に応じて「私の実践日(マイスキップデー)」を設け、個人で自主的に運動に取り組んでいます。

立正佼成会では、「青年の日」が行われる5月を「一食啓発月間」と定め、運動の普及に努めています。