HOME > 献金はどう活かされるの? > メッセージ 「共に生きる」心を胸に
一食平和基金運営委員会委員長 沼田雄司

立正佼成会は1975年から「一食を捧げる運動」への取り組みを始めました。現在までの約35年間で、実に100億円を超える浄財が、世界中の人々のために生かされてきました。これもひとえに、多くの皆さまがコツコツと主体的に取り組んでくださった賜ものと思い、深く感謝申し上げます。
同時に、運動をさせて頂くことを通して、私たちは、利己心を離れ、遠方で苦しむ人々に思いをはせることができ、さらに、身近な人への思いやりの心を、少しでも持たせて頂けるようになったのではないでしょうか。
この運動について立正佼成会の庭野日鑛会長は、次のように述べています。
『「一食運動」は、いつでも、どこでも、だれでもが、いつまでもできる運動といわれます。この「いつまでも」ということが非常に大事です。継続することによって、私たちは、慈悲の心、思いやりの心を、ずっと忘れることなく持ち続けることができるからです。「献金」も重要ですが、むしろ私たちは「一食運動」を通して、仏さまの心に近づかせて頂いている――そこに大きな意味があるのではないかと思います』
このことは、ただ活動してさえいればいいというのではなく、私たちがどのような人間になることを目指すのかという、心の持ちようを示しています。
私は以前、運動の精神を学ぼうと、ラオスを訪れたことがあります。同国や日本の支援団体が、学校や井戸造りを進めていました。現地の方々に、支援に充てられたお金は、日本の青年が自ら食事を抜いて、その分の費用を献金したものであることをお話しすると、それだけで本運動の精神が伝わり、とても感激されたのです。
このことを振り返ると、まさしくこの運動は、同じ人間同士、兄弟姉妹として痛みを分かち合い、平安を祈り、共に生きていこうとするもので、仏教の世界観――「一乗の教え」が根本となっていることに気づかされます。そして、私たちは庭野日敬開祖が提唱した国民運動化を進めていきたいと願っています。
仏教は平和の教えといわれます。仏さまの教えを基本とするこの運動は、支援先の平和を願い、その実現に向けて実践するばかりでなく、一人ひとりの心に平和を打ち立てる意味で、「一食を〝平和のために〟捧げる運動」ともいえるでしょう。国民の10人に1人が実践できる世の中を目指し、まず、私たちが運動の意義を再確認し、率先していきたいと願っています。どうか、今後とも一層のご協力をお願い申し上げます。