
かつて緑が多く溢れたカンボジア。木々が生い茂り、食べ物に困ったことはないといわれました。そんなカンボジアも、70年代の内戦で国土は疲弊し、多くの人材を失いました。90年代に入ると海外からの援助によって徐々に復興が進み、2000年代に入ると外国企業の投資活動も活発になり、急速に経済発展が進むようになりました。
飢餓や貧困による苦しみを緩和し、削減へ向けた支援を行います。

かつて緑が多く溢れたカンボジア。木々が生い茂り、食べ物に困ったことはないといわれました。そんなカンボジアも、70年代の内戦で国土は疲弊し、多くの人材を失いました。90年代に入ると海外からの援助によって徐々に復興が進み、2000年代に入ると外国企業の投資活動も活発になり、急速に経済発展が進むようになりました。

天然資源に恵まれているラオスでは、約8割の人々が農村部に暮らし、豊かな森に依拠した生活を営んでいます。人々は、タケノコやキノコなど森から得る林産物を自家消費する他、採取したこれらの食材を市場で販売することにより現金収入を得てきました。

1994年のアパルトヘイト撤廃後の南アフリカは、人種融和と黒人の生活向上を目指して新しい国づくりが開始され、プラチナ、金など世界でも有数の鉱物資源国として年率約5%の経済成長を遂げてきました。しかし、結局、鉱物資源からの収益に頼る経済は、富の集中を招き、貧富の格差を拡大させてきました。一国の中に「南北」格差が凝縮するような構造はアパルトヘイト時代と変わっておらず、この結果、経済成長にもかかわらずMDGs(※1)のほとんどの指標やHDI(※2)で数値が後退し、1996年以降、子どもの死亡率が上昇し続けています。
事業対象の子供達はMuskaanに促されて自身を取り巻く社会環境にも目を向けるようになっている。写真は新聞を読もうと試みる対象事業の子ども。
庭野平和財団「南アジアプログラム」は、立正佼成会一食平和基金からの委託事業として、2004年より開始された事業です。同プログラムは、「一食を捧げる運動」の主旨に添い、世界で最も多く貧困者が居住する南アジア地域における「貧困の撲滅」に寄与するものです。

南アフリカでは1994年まで続いたアパルトヘイト政権により、意図的に自給自足のための農業が衰退させられました。農村地域は、「貧しい」というだけでなく「労働力のリザーブ」と呼ばれ、鉱山労働者や白人大農場への出稼ぎ労働者の供給地として位置づけられ、自立性がなく、希望や可能性を感じられない場所になってしまいました。こうした状況に対しJVCは2001年度より、南部の東ケープ州カラ地区の9ヶ村において5年計画で、環境保全型農業の普及を進めてきました。