アフリカへ毛布をおくる運動
ウガンダ・リポート 心支えるいのちの一枚
2010.04.09記載

東アフリカ、赤道直下に位置するウガンダ共和国。立正佼成会も参画する「アフリカへ毛布をおくる運動」(同運動推進委員会主催)で集められた毛布の一部が、1995年より毎年おくられています。ナイル川の源流でもあるアフリカ最大の湖・ビクトリア湖をはじめ豊かな大自然を擁し、その国土の美しさから、かつての宗主国、英国のチャーチル元首相が「アフリカの真珠」「緑と水の国」と賞賛したほどです。この国でいったい何が起きているのでしょう。本会で同運動の推進を担う一食(いちじき)平和基金事務局スタッフと共に訪ねました。

ウガンダは1962年、英国から独立した。その後はクーデターが繰り返されるなど、政治的、経済的な混乱が近年まで続いた。反体制派の国民30万人を虐殺したといわれるアミン元大統領による独裁政治が敷かれたのは70年代のことだ。北部では、約20年前から政府と反政府組織「神の抵抗軍(LRA)」の間で戦闘が続き、多くの一般市民が犠牲になり、大量の国内避難民が発生した。しかし、ウガンダが抱える問題はそれだけではなかった。周辺国はエチオピア、スーダン、コンゴ(旧ザイール)など内戦や紛争が現在も続いている国々。着の身着のままで祖国を逃れてきた多くの難民を受け入れているのだ。
「アフリカへ毛布をおくる運動」で集められた毛布の一部は、95年からそうした国内避難民、近隣諸国からの難民に配付されている。これまでの総数は43万1110枚。現在は、ウガンダなどアフリカ4カ国で医療や教育事業を展開するNGO(非政府機関)「ADEO」を通じ、人々に手渡されている。
同団体のスタッフと共に、首都カンパラから約450㌔西にあるナキバレキャンプを訪ねた。ここで生活するのはソマリア、ルワンダ、コンゴからの難民5万人。わずかな木材を支柱にし、壁を土で塗り固めた家屋が並ぶ。屋根はビニールシートや藁(わら)を載せてあるだけだ。
「毛布をもらったとき、神さまからの贈り物だと思いました」。そう語ったのは3年前、コンゴから10歳と2歳の娘と共に逃れてきたバラティさん(40)だ。村長を務めていた夫は殺害され、他の4人の子供とは避難する途中ではぐれてしまったと打ち明けた。ルワンダ出身のチヤカバレさん(19)は家族8人で暮らしている。一家に与えられた毛布は一枚。しかし、笑顔で感謝の気持ちを表してくれた。「メッセージを見て、送ってくれた人のことをいつも考えています」。
キャンプ内では、政府の方針で難民たちにトウモロコシの栽培や、植林活動への参加を勧めている。それらを通して収入や一部の支援物資が得られるシステムではあるが、何より社会参画や自立への意欲を促すことが目的だ。家族や故郷、当たり前と思っていた日常生活を失った難民たちの抱える喪失感は大きい。目的や目標を持ち、それを埋めていくことが非常に重要だという。同様の視点で、ADEO代表のベルナルド・ウエソンガ氏は日本からの毛布が果たす役割を「冷え込む夜、寒さを防ぐものがなければ、彼らは深い悲しみと喪失感に襲われます。しかし、一枚の温かい毛布で家族を包むことができれば、幸せを感じられるのです」と語った。
現在、ウガンダ国内には四つの難民キャンプが設けられており、国内避難民、近隣諸国からの難民の合計は16万人を超える。政府のエキュエル・ムサ・フランシス救援・災害対策・難民担当大臣は、「状況が少し落ち着いたスーダン南部へは、帰還が始まりました。一方で事態が悪化しているコンゴからの難民が増加しています」と説明する。
東アフリカ諸国では、民族や部族間の対立に加え、豊富な鉱物資源の利権をめぐっての争いも絶えない。特に後者は、先進国に暮らす私たちの生活と関連していることを忘れてはならないだろう。暴力に翻弄(ほんろう)される人々のいのちを守るだけでなく、生きる希望を見いだすきっかけにもなっている毛布。"一枚"の持つ価値は計り知れない。
(2010年4月11日付『佼成新聞』より)