あふれる笑顔だより一食レポート

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環境保全型農業プロジェクト

プロジェクト終了報告

2009.9.18記載


【プロジェクト全体の成果】

本事業の活動期間は二期に分かれている。2001年8月~2006年7月の5年間とそのフォローアップ期間としての2006年8月~2009年3月である。

南アフリカの農村地域はアパルトヘイト下で意図的に農業が衰退させられ、農村であるにもかかわらず自給率が10%以下という状態となった。自らが住む地域で自立することが阻まれ、単なる「労働者」としてしか生計を立てられない状況におかれたことで、南アの黒人社会は「貧しい」というだけでなく、「(労働力の)リザーブ」と呼ばれ、自立性のない、希望や可能性の感じられない場所になってしまった。

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このためアパルトヘイトが撤廃されても、南アの農村地域では、人びとは生計手段をもたず貧困から抜け出せない状況におかれており、農村部を依存的な「リザーブ」状態から、人々がその地で主体的に生きることができるように変えていくことがもっとも重要な課題のひとつであった。

これを受けてJVCは2001年から、地域の資源を活かした農業により食料生産を向上させるとともに、自らの工夫と日々の積み重ねによって実現できることを経験することが、アパルトヘイトのトラウマといえる精神的、物質的な白人社会への依存から脱け出し、村の自立とそこで生きる人々の自信・希望の回復につながると考え、環境保全型農業プロジェクトを実施した。

研修では、身近な自然資源を活かした農業技術を学び、それを日々の生活のなかで実践することに重点を置いた。また、農民同士の経験交流の場として、1ヶ月に一度の定期的なミーティングを開催し、農民たちが互いのしていることに確信を持てるように自分の実践を発表するなどしてきた。

2006年7月にはこれまでの成果と今後の課題をまとめる事業評価を実施した。その結果、約90名の参加者のうち50名弱の農民が、環境保全型農業を一定レベル以上で実施する篤農家となったことが確認された。また、5年間の活動期間中は指標を設けて畑の状態を四半期ごとに確認してきた結果、ほとんどの農民が1年を通じて何らかの野菜を得られるようになってきたことも確認されている。活動開始前、農業が衰退した同地区は、冬季は一面茶色だったが、研修後には畑に緑があるようになった。

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これらの成果によるインパクトとして、支出の削減、収入の微増、女性のエンパワメントにつながったという点があげられる。アフリカで家畜は財産であり、男性の管理下にあるが、本事業には女性が多く参加していた。自給プラスαの野菜を作れるようになった篤農家たちは野菜を近所の人に販売するなどし、わずかながらも収入を得られるようになった。これにより家計の一部を女性が握れるようになり、「子どものために自分の采配で自由に使えるお金ができた」など世帯内において女性自身の判断が反映される状況が増えた。アフリカにおいてはまだまだ女性の地位が低いことを考えると、このことは大きなインパクトであったと言える。

また、南アフリカは面積が大きく、カラでもバスに1時間ほど乗って町のスーパーへ買い物に行く人が多いが、年間を通じて野菜を得られるようになったことで買い物に行く回数が減り、食費や交通費が減った、健康になって医療費が減ったなど、支出減も農民からは活動の大きな成果としてあげられた。

一方、この頃、こうした成果を見て、それまで環境保全型農業を実践していなかった村人から篤農家たちに「自分たちにも教えてほしい」という声があがり、2005年から2006年にかけては篤農家たちが周囲の村人に対して独自に環境保全型農業を教え始めていた。これに際し、「教え方に不安がある」と篤農家たちから相談を受けたためJVCと専門家(トレーナー)が同行したところ、教える際の伝え方や他人の畑の地形を見て指導していく点に課題が見られることが判明した。このため、JVC撤退後の本事業の持続性をより確実なものとするため、2007年4月から1年半をかけて「トレーナー育成のためのトレーニング(Training of Trainers;TOT)」を実施することとなった。

TOTは、水や土などに配慮した畑のデザイン、環境保全型農業の技術ポイントを押さえた指標を使った教え方などについて、実地においてロールプレイ方式で実施し、数ヶ月後に最初の研修後の課題を共有、改善するためのフォローアップ研修を実施した。この結果、2008年8月時点で、約20名がトレーナーと認定され、彼らから教えられて60名の人が新たに環境保全型農業を開始したことが確認された。

なお、この期間は、過去5年間の活動のフォローアップ期間としての位置づけだったため、2008年度末には事業が完全終了することを念頭に、JVCの駐在員をおかず、専門家の訪問頻度もそれまでの毎月から四半期ごとに切り替えた。訪問時に新規参加者や篤農家の畑のモニタリングをすることで、JVC不在中の実践の様子を観察する方針をとった。これにより、篤農家たちがJVCの不在中も当然のごとく年間を通じて環境保全型農業を実践していること、自分たちだけで活動を広げていけることが確認された。

2006年8月の事業評価時では、篤農家ですらJVCが撤退することについて不安の声を漏らし、さらなる技術的なサポートを求める声があった。しかし、2008年度の活動終了時点には、同じ篤農家たちから「もうJVCは去っても大丈夫だ。だけど、たまには友人として自分たちのもとを訪れてほしい。そのことが私たちのやる気にもつながるから」と言われたように、フォローアップ期間を設けたことで、JVCと篤農家の関係が変化した。篤農家たちの技術面だけではなく精神的な自立につながったことは大きな成果と言える。

本事業は既述のように実質的成果を生み出してきたが、何より大きいのは村人の内面の変化である。それまで白人鉱山や白人農場で「労働者」として従事することしか許されていなかった彼らが、自らの工夫によって、安全な野菜をつくり、家族を支えられるようになれたことで、「I become a human(私は人間になれた)」といい、自分の足で立てるようになり、自信が持てるようになったという。このことは、この事業の最も大きな成果のひとつと言える。

【今後の展望】

近年南アフリカでは、遺伝子組み換え(Genetically Modified。以下GM)作物や貧農向け食糧増産政策(Massive Food Production。以下MFP)として殺虫剤や除草剤を大量に使う農業が政府や大企業により導入されている。MFPは化学肥料やトラクター代など経費のかかる農法を促進しているが、JVCの調査では、農民の経済的負担が毎年増えていくにつれ、農民に借金が残ることがすでにわかっている。

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これらの問題に対し、JVCのこれまでの活動の成果・課題をまとめた資料を配信したり、農民向けに情報を提供してきたりした結果、南ア国内の農業問題に対する政策提言やNGOの研究成果、イギリスの科学雑誌等に、カラの事例が近代農業に対するいい「代替案」として掲載されてきた。

こうした活動と同時にJVCでは農民たちへの情報提供も行い、たとえば遺伝子組換えについては、南アフリカの遺伝子組換え問題に対する政策提言NGO・African Centre for Biosafety(ACB)と協力し、本事業参加農民に対して遺伝子組換えがもたらす課題についてワークショップを実施した。こうした活動の結果、JVCの活動対象村で食糧増産援助が入った村では、村人同士が話し合って食糧増産援助を中止し、環境保全型農業に戻したいという結論に達した。

大規模に政策が入ってくる中で草の根の人びとが抵抗することは難しいこともある。そうした場合に、環境保全型農業のような別の有効な方法を知っているとそこに戻ろうと思うし、戻ることができる。この点でカラのように小さな実践を積み重ねていくことは、大きな政策に正面から対抗する力は弱いかもしれないが非常に有効である。今後も南アフリカ、あるいはアフリカにおいて国際社会による大規模な増産援助が推進されることが予測されるなか、「プロジェクト」としての活動はなくとも、年に1回はカラ地区を訪問し、その後の村人の実践を追い、状況を確認し、村人に情報提供を行って、いざというときに政策提言としての動きができるような体制を整えていく。


スタッフの声

南アフリカで1948年から94年まで続いたアパルトヘイトは人種差別政策であっただけではなく、黒人を安価な労働力として確保するための構造をつくり出しました。移動を禁じると同時に税金を課したりすることで、居住地での農業を中心とした生業活動が不可能となり、現金が必要となった黒人たちが出稼ぎに行かざるを得なくなったのです。出稼ぎに出た男性たちは危険な環境下で働かされ、年に一度村に帰れるだけでした。

このことからアパルトヘイトは人種だけではなく家族も分断されたといわれています。村には女性や子ども、老人だけが残り、農業やその他の伝統的な技術が伝わらなくなり、黒人社会そのものが衰退していく過程でもありました。こうした中、黒人たちは経済的に白人社会に依存するだけでなく、「自分たちは何も出来ない」と自信と誇りを失っていきます。

JVCは農村貧困地域の黒人の方たちと活動をしてきたわけですが、こうした歴史を背負っているにもかかわらず印象的なのは村人たちの明るさ、前向きな姿勢でした。村人同士のミーティングで誇り高い姿で堂々と自分の実践について語る篤農家、自分が環境保全型農業を通して生活を変えることができたからこれを他の人たちにも共有して幸せになってもらいたいと語る村の女性たち。

活動終了時に篤農家たちにインタビューした際、多くの人は「これまでは誇りを失っていたけど、自分の工夫で家族を支えられるようになり、自分の足でたてて、人間になることができた」と内面の変化について語ってくれました。このセリフを聞いたとき、彼らの変化が大変うれしかったと同時に、元気な姿の裏に心の中ではさまざまな苦悩を抱えていたことが察されて、衝撃を受けたことを覚えています。

現在、篤農家たちの畑、篤農家に教えられて新しく環境保全型農業を始めた人たちの畑には、雨の降らない冬でも緑があふれています。

本事業に参加した村人たちは、環境保全型農業によってお金をかけずに食べ物を作れるようになれただけでなく、自信や誇りを得て、内面からの幸せをつかむことができました。彼らの実践は、経済成長一辺倒な現在の世の中にあって「こういうやり方で幸せになる方法もあるんだ」というオルタナティブな方法を示す事例でもあります。こうした小さな活動を積み重ね、互いに学びながら私たちと活動の参加者が変わっていったことを通じて、資源を奪いあうような今の世界の流れ-これが食料価格高騰の問題や紛争にもつながっていくわけですが-を変えていくこともNGOの大切な役目だと思います。

こうした場に携われたことは私にとって学びも多く、また大変幸せな経験でした。立正佼成会の皆さまに活動をご理解・ご支援いただいたことで、モノをあげるといった短期的な支援ではなく、結果が出るのに時間がかかる農業の活動を長期にわたってできました。

渡辺直子(南アフリカ事業担当)

 
支援を受けた人の声

レベルスクルーフ村の女性(篤農家)たち

これまで歩いていただけの土がこれだけたくさんのものを作り出すことができるとわかってうれしいです。自分の工夫で野菜をつくって家族を支えることができて、「自分が人間になれた」と感じます。今後は、自分が変わることができた環境保全型農業の経験を他の人にも伝えていきたいです。そして今はまだ夢だけど、地域内に小さなマーケットを作ってみんなで作った野菜を販売し、それを新しい人たちに広げていくための活動資金などに使いたいと思います。

ンディビさん(男性、篤農家)

自分はアパルトヘイト時代に金鉱山で働いていたが、突然解雇され、無一文で村に戻ってきました。そんなときにJVCの研修を知り参加してみて、今はできた野菜を売ったお金で家畜を増やし、牛もひつじもヤギもいます。鉱山で働いていたときのほうが現金収入も多くお金があったけど、年に一度村に帰って家族に会えるという生活を送っていて不安もありました。以前よりお金はないけど、自分で安全な野菜をつくって、ずっと家族と一緒にいられる今のほうが幸せです。

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