推進活動

「一食研修ツアー」南アフリカ同行リポート

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自然資源を生かして有機栽培を行う環境保全型農業により、荒原は年間を通して穀物や野菜が収穫できる菜園に蘇った(レベルスクルーフ村)

「一食(いちじき)研修ツアー~南アフリカ 環境を保護する農業プロジェクト~」の一行10人(団長=窪田耕三目黒教会長)が、4月26日から5月5日まで現地を訪れました。一行は、東ケープ州カラ地区の農村部で立正佼成会一食平和基金とJVC(日本国際ボランティアセンター)が、2001年から今年3月まで合同で進めてきた同プロジェクトの成果を視察。またJVCが、今年から新たに実施する支援活動なども見学しました。かつて施行されていたアパルトヘイト(人種隔離)政策の影響など同国が抱える問題への理解を深め、貧困の削減に向けた取り組みについて学んだ研修ツアーの様子を紹介します。

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自らの菜園で収穫した野菜を手に喜ぶレベルスクルーフ村の女性

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一行は、シフォノンディレ村の人々と交流。その中で村人は、プロジェクトを通して自立した生活を送り、自らの人生に誇りを持てた喜びを語った

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レベルスクルーフ村で一行は、村人と共に農作業にあたり、環境保全型農業を体験した

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菜園につくられたため池。降水量の少ないカラ地区では、農業用水の確保がとても重要だ

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「一食を捧げる運動」による支援を通して届いた思いやりの心は、現地の人々の笑顔につながっている(ローマ村)

世界一の格差社会

南アフリカ最大の都市・ヨハネスブルクの中心部には高層ビルが立ち並び、道路を高級車が往来していた。沿道には、粗末な服装で歩く人々やぼんやりと立ち尽くす人の姿が多く見られた。
JVC南アフリカ事業担当の渡辺直子氏(36)は語る。「現在、南アフリカの失業率は50%を超え、都市部には職を求める人があふれています。市民の貧富の差は拡大し続け、"世界一の格差社会"とまで言われています」。

同国では1948年にアパルトヘイト政策が施行され、黒人は移動や経済活動などの自由を制限され、白人の経営する金鉱山や大規模農場で働くことしかできなかった。労働条件は過酷で、病気やけがをすればすぐに職を失う上、収入は月100ランド(約1000円)ほどで苦しい生活を強いられた。人々は抑圧され続ける中で自尊心を失い、未来への希望を持てずにいたという。94年に同政策は廃止されたが、多くの人々は自由競争から取り残され、現在も生活に困窮する人が少なくない。

一行は4月27日、かつての黒人の居住区であるソウェト地区を訪れ、今年5月からJVCが実施する「都市における生活改善を目指した家庭菜園研修事業」を見学。貧困家庭でのホームステイを通して現地の暮らしを体験した。

菜園に笑顔満ちる

このあと29日、同国南部の東ケープ州に移動。同州は生活環境が厳しく貧困層も多いことから最貧州の一つに挙げられる。特に農村部では、農業で生計を立てられず、男性が出稼ぎのため都市部に流出。残された家族はわずかな仕送りなどで暮らすが、満足な食事もできず厳しい生活を送っている。

本会一食平和基金はJVCと合同で01年から今年3月までに、同州カラ地区の9村で「環境を保護する農業プロジェクト」を実施。現地の自然資源を生かして有機栽培を行う環境保全型農業を通して持続可能な食糧生産を実現し、自立を目指す取り組みだ。「畑に枯れ草を敷き詰めて保水力を高める」「防虫効果のある植物を水に浸し発酵させて畑にまく」など、同地区の環境に合わせ九つの作業に重点が置かれてきた。

4月30日、一行は同地区のレベルスクルーフ村を訪問。車を降りると、のけ反るほどの強風が吹き付けた。同村は標高約1700メートルに位置し、周囲のドラケンスバーグ山脈から常に強風が吹き降ろす。表土の有機物や水分は風に飛ばされ、土壌が乾燥して浸食も激しい。

村の集会所では、環境保全型農業を推進するグループの村人が一行を出迎えた。「モレーニ(こんにちは)」。団員のあいさつに、村人は笑顔で応えた。

その後、村人の菜園に案内され、成果や課題を共有し合う取り組みの説明を受けた。同地区の年間降水量は500ミリリットルに満たず、人々は農業用水を確保するため、川や井戸まで何度も足を運ばなければならなかった。同プロジェクトでは、JVCスタッフらから雨水を貯(た)めるため池を各家の菜園に設置することが提案され、村人たちがそれぞれため池づくりにあたった。また畑に枯れ草を敷き詰めて土中の水分を保つ方法も採り入れられた。この間、スタッフが定期的に村を訪れ、菜園の様子を確認しながら村人をサポート。力を合わせて環境保全型農業に取り組んできた。

ノムブメ・メイさん(66)は、100平方メートルほどの土地で5年前から環境保全型農業を実践。荒原を、年間を通じて15種類ほどの穀物や野菜、果物が収穫できる菜園に蘇(よみがえ)らせた。訪問時には、収穫したトウモロコシが干され、カボチャやトマトなどの野菜が実っていた。

一行が菜園を見学していると、メイさんは誇らしげな表情で収穫した野菜を見せた。「豊かな生活と生きる希望を与えてくれたこの菜園は、私の人生そのもの」と笑顔で話した。

他人を思いやる心も

5月1日、一行はカラ地区の中心地から険しい山道を車で1時間ほど上ったシフォノンディレ村を訪れた。この村では、政府の推進する食糧増産援助による事業が実施されたが、援助は村人に利益をもたらすことなく、荒れ果てた広大な共同農地だけが残った。

この事業は、政府の支援で遺伝子組み換えのトウモロコシを単一生産するもの。収穫物を換金し大きな収入を得ることができるという政府の説明だったが、実際には農薬や化学肥料の影響で徐々に土地が疲弊する上、支援は年々減額され、負担だけが大きくなっていった。また白人の大規模農家が市場を支配しており、作物の売却先はほとんどない。こうした弊害や問題を聞かされることはなく、村人は政府を信じ借金を抱えて働き続けていたという。

本会一食平和基金とJVCのプロジェクトでは、村人の生活向上を目指し、環境保全型農業の実施を呼びかけるとともに、同援助を受けた人々の生活状況を記録。現地NGO(非政府機関)などと協力し、政府に政策変更を求める提言を行ってきた。

一行は同地区の伝統的な家屋に案内され、村人と交流。村人は、環境保全型農業を行うことで借金をすることなくさまざまな農産物を栽培し、生活が向上した喜びを口にした。「自分の力で生活でき、初めて自由になれた気がする」「厳しい生活を送る人に収穫した野菜をあげることができ、他人を思いやれるようになった」と、内面の変化も語ってくれた。

翌2日に訪れたローマ村でも、希望を見いだした声を何度となく聞くことができた。夫と10人の子供と暮らすロカニソ・ノポテさん(43)は、以前は満足な食事ができず、子供たちも病気がちだったという。環境保全型農業で収穫した野菜を食べると家族が健康になり、生活にも余裕が生まれた。「教育資金を蓄えて子供の将来を考えられることがとてもうれしい」と笑顔で語った。

喜びの共有が力に

JVCプロジェクトコーディネーターのドゥドゥジレ・ンカビンデ氏(38)は言う。「アパルトヘイトの時代、私たち黒人はさまざまな抑圧を受け、いつしか主体的に生きることを忘れてしまった。そうした中で、人々が自信を取り戻し、自らの人生に誇りを持てるようになれたこのプロジェクトは、とても大きな意味を持っている」。

一定の成果を挙げ、所期の目的を達成したことで同プロジェクトは、今年3月で終了した。今後は、「この喜びを多くの人と共有したい」と願う各村のリーダーが、環境保全型農業を村人に推進していく。

同ツアーに同行したティム・ウィグリー氏(61)は、有機農業の専門家として当初から同プロジェクトに携わってきた。長年にわたり村人とかかわる中、人々が「一食を捧(ささ)げる運動」による支援を通して多くの人の思いやりに触れ、支援を受けた村人がさらに他の人に愛情を注ぐ姿に感動したという。

自信を取り戻し、元気に菜園を案内する村人を見て、ティム氏は「プロジェクトが始まる前、作物が何も育たず村は暗い雰囲気だった。当時のことを思うと、みんながこんなにも笑顔になれるとは夢にも思わなかった」と話した。

参加者の声

JVCと一食平和基金がプロジェクトを進める村を訪れた時、一人の女性が支援のおかげで家族が元気になり、心が安定して他人を思いやれるようになったと話してくれました。物質的な支援に加え、豊かな心も育んでいるのだと感じ、その尊さを改めて実感しました。また、交流などを通して出会った人々の笑顔はとても輝いていて、JVCのスタッフをはじめ多くの人の尽力によって私たちの思いがしっかりと現地に届いていると確信できました。今も目を閉じると、アフリカの人々の顔が浮かびます。帰国後も現地での体験を大切にし、世界中のすべての人の幸せを祈りながら「一食運動」に取り組みたいと思います。
A・Оさん(27)

スラムや農村部に住む人々の生活は厳しく、住居はトタン板などで作られており、暮らしぶりも質素なものでした。同じ地球に生きていながら、こんなにも日本と生活水準が違うのかと心が痛みました。そんな時、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という宮沢賢治の言葉を思い出し、「一食運動」を通して皆で一緒に幸せになることを祈る大切さを改めて感じました。今後は、自身の体験や現地の状況、「一食運動」に込められた精神を伝えて運動の輪を広げていきたいです。
S・Yさん(63)

(2009年6月14日『佼成新聞』より)

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